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| 千葉・芝山「はにわ博物館」の武人埴輪、まるでユダヤ人⁉︎ |
実際に自分の目で確認した「ユダヤ人埴輪」は衝撃的だった
日本には全国的に古墳があり、さまざまな副葬品が発掘されたり出土しています。
そんな副葬品の中で「一体、これは何だ ⁉」と、見る人に首をかしげさせているのが千葉・芝山古墳群で発掘された「武人埴輪(はにわ)」。
つばのある山高帽や円錐形のとんがり帽をかぶり、高い鼻に長いアゴヒゲ&モミアゲをたくわえた人物埴輪です。
特に千葉などで多く出土するとされ、関西など他の地域で発掘された埴輪とは趣や雰囲気が違う。まさに異形の姿をしているんです。
この〝異人埴輪〟を「古代の日本に来たユダヤ人の姿だ!」と指摘しているのが、東北大名誉教授の故・田中英道さん。
その著書「ユダヤ人埴輪があった! 日本史を変える30の新発見」などが反響を呼んでいます。それだけに古代史ファンなどから、
「ユダヤ人埴輪って、実際にどんな姿をしているの ⁉」
「田中さんはどんな根拠があって『埴輪はユダヤ人だ』と主張しているの?」
「ユダヤ人埴輪って、どこに行けば見学はできるの?」
そんな声がたくさん上がっているんです。
この記事では田中さんが著書で力説している「ユダヤ人埴輪」の特徴や「埴輪はユダヤ人だ」と主張する〝根拠〟について、
さらにワタシが「武人埴輪」を実際に見学して確認したことについて、
- つばがある山高帽と長いアゴヒゲ&モミアゲはまさにユダヤ人
- ユダヤ人は日本にやってきて「弓月氏」「秦氏」として仕えた
- 「武人埴輪」はユダヤ人を含めた〝胡人〟をかたどった可能性がある
上記の3つの魅力的な主張について紹介&解説します。
この記事を読めば「ユダヤ人埴輪」の姿や特徴、田中さんが「埴輪はユダヤ人」と主張する〝根拠〟が分かります。
さらには「ユダヤ人埴輪」を見学する方法も分かり、「ユダヤ人埴輪が意味すること」を確認しに行くこともできますよ。
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田中英道さんの著書と「ユダヤ人埴輪」について
★古代~近世まで日本史の盲点を指摘
田中英道さんの著書「ユダヤ人埴輪があった! 日本史を変える30の新発見」は、2019年12月に発売されました。
この作品では、千葉・芝山古墳群で発掘された、山高帽風の帽子をかぶり長いアゴヒゲなどをたくわえた「武人埴輪」について言及。
他地域の人物埴輪とは雰囲気が違う〝異形〟の姿を「古代日本にやってきたユダヤ人をかたどった埴輪」と指摘しています。
ただ、この作品では「ユダヤ人埴輪」のみならず、古代から近世までの日本史についても言及しています。
従来の学者たちが見落としていたり無視している盲点を指摘して、田中さんが独自に見い出した「30の新発見」を主張しています。
★「ユダヤ人埴輪」が出土した芝山古墳群
田中さんが著書で紹介し「ユダヤ人埴輪」だと主張している人物埴輪の舞台は、千葉県山武郡横芝光町中台にある芝山古墳群です。
この古墳群にある殿塚古墳と姫塚古墳で出土した副葬品のうち、「武人埴輪」とされる遺物が注目を集めています。
殿塚と姫塚は並ぶように存在する前方後円墳で、古墳時代の6世紀後半~7世紀初頭に造営されたと推測されています。
発掘自体は1956(昭和31)年、早大によって行われています。
この2つの古墳からは全国的にも珍しい「葬列埴輪」がほぼ完全な形で出土したことで注目を集めました。
そして田中さんが「ユダヤ人埴輪」だと主張する人物埴輪が発掘されたのが、姫塚。
墳丘に人物や馬などの埴輪が並んで設置されていました。その中に「山高帽と長いアゴヒゲ&モミアゲ」の人物埴輪が複数ありました。
この人物埴輪は「武人」とされていて、現在は国から重要文化財として指定されています。
1.つばがある山高帽と長いアゴヒゲ&モミアゲはまさにユダヤ人
| 他の地域とは違いすぎる異形の埴輪たち |
★そもそも埴輪って何?
そもそも埴輪とは、古墳などに並べられた古代の遺物です。その形状から、主に2種類に分けられています。
1つは、円形の筒をかたどった「円筒埴輪」。そして人や家、馬などの動物や生活用具などをかたどった「形象埴輪」です。
作られた時代は、当然ながら古墳時代(3世紀中ごろ~7世紀)。そして、なぜ古墳に並べられたのか ⁉
古墳がその土地の当時の有力者を葬る墓場であることから、葬儀にかかわるモノであることは確かです。
ただ、その具体的な意味が分からない。埋葬者をあがめるためなのか、その死を慰めるためなのか。
人物埴輪は、亡くなった有力者への忠義のあかしである殉死の代わりとする説があるけど、それも定かじゃありません。
とにかく人物埴輪には謎が多いんだけど、中でも「ワケが分からん」と学者さんたちの注目を集めたのが、芝山古墳群から出土したモノ。
姫塚古墳に並んでいたモノで、「武人埴輪」と呼ばれています。ただ、ワタシ的にはマジで〝異人埴輪〟ですね。
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| 確かに「武人埴輪」と似ているけど…(Geminiで生成) |
★「武人」というより「ユダヤ人」
これまで発掘された「武人埴輪」は、確かに他の地域で出土した埴輪とは趣や雰囲気が違っています。
つばのある山高帽のような帽子をかぶり、鼻が高い顔には長いアゴヒゲとモミアゲがかたどられているからです。
「ユダヤ人埴輪」は異常に鼻が高く、飛鳥時代以降の日本人の姿とあまりにも異なっている。特殊な冠やひさしのある帽子をかぶり、耳もとには鬢(びん)=美豆良(みずら)がついていて、アゴヒゲをはやしている。これは古墳時代にユダヤ系の人々がいたことを端的に示している。
黒スーツに黒い山高帽をかぶり、長いモミアゲとアゴヒゲの「超正統派」(上の写真)と呼ばれるユダヤ教徒の男性とソックリというワケです(後述)。
「ユダヤ人埴輪」を特集する書籍や雑誌などでは、「武人埴輪」と「超正統派」ユダヤ人男性の写真を並べて紹介しています。
そして、確かに見た目はソックリ! 「武人」というより、まさに「ユダヤ人」。
ワタシも初めて並べられた写真を見たときは、「マジでユダヤ人じゃん ⁉」と驚きました。
それに他の地域などで発掘された埴輪の顔って、のっぺりした表面に目と口の穴が開いていて、だんごっ鼻が多いイメージです。
一方、「武人埴輪」は鼻筋が長くて高い。確かに日本人、いやアジア人というよりも〝西域の人〟という感じがします。
| 埴輪はこんな感じで古墳に並んでいたんだって! |
★千葉や茨城で出土例が多い
田中さんによると、人物埴輪は関西より関東で圧倒的に多く出土していると説明しています。
そして、この「ユダヤ人埴輪」に関しても千葉県や茨城県など主に関東で発掘されているそうです。
さらに驚いたことに、古墳の数で千葉県は上位に入るんだとか!
田中さんは千葉が古墳数では日本一だと記されていますが、文化庁などの調べによると、千葉県は1万2772基で全国4位。
日本には約16万基あり、1位は兵庫県(1万8707基)、2位・鳥取県(1万3505基)、3位・京都府(1万3103基)。
ちなみに奈良県(9663基)、13位・大阪府(3428基)となっています。
さらにヤマト王権の象徴墓とされる前方後円墳では、全国約4700基のうち、千葉県が722基で日本一!(『前方後円墳集成』より)。
2位が茨城県で455基、3位・群馬県で391基。奈良県は312基、大阪府は202基、兵庫県122基。
関西には「世界三大陵墓」の1つで前方後円墳の代表格「大山古墳(仁徳天皇陵)」があるだけに、意外すぎる数字です。
そして、「武人埴輪」が出土した姫塚古墳の周辺には、芝山古墳群といわれるほどたくさんの古墳が集中しています。
5世紀から8世紀にかけて古墳群が造営されたこの地域、つまり関東および東北に大きな勢力が存在した。芝山古墳群の地域は、前方後円墳が造られた6世紀後半は「武社国造(むさのくにのみやつこ)」が支配していた。「武社国造」は、大和朝廷では最高位である「臣(おみ)」という姓(かばね=称号)を持つ有力者だった。
そんな地域で出土した埴輪は、「武蔵」に大陸系=ユダヤ系の人々が多くいたことを示していると強調しているんです。
2.ユダヤ人は日本にやってきてやがて「弓月君」=「秦氏」として仕えた
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| 古代の中央アジアを放浪していた⁉︎(Geminiで生成) |
★ディアスポラの末に
古代の日本には、たくさんの渡来人がいたとされています。
その多くは、中国大陸から朝鮮半島を経由してやってきた中国人や朝鮮人だったといわれています。
田中さんによると、その渡来人たちは中国や朝鮮からの人々だけじゃなく、中国大陸の西域(中央アジアなど)の人たちもいた。
そしてその中に、ユダヤ系の人たちも含まれていたと主張しています。
古代のユダヤ人は、ユーラシア大陸の中東の地にイスラエルという王国を建てていました。
ただ身内(部族)同士の争いや、古代ローマ帝国の圧力で王国は混乱。
西暦66年にローマ帝国へ反乱を起こしましたが、77年に鎮圧。イスラエルの地から追放されてしまいました。
その後もローマから主権を取り戻したけど、135年に再び鎮圧。ユダヤの人たちはユーラシア大陸へ放浪の旅に出ました。
これは「ディアスポラ(民族離散)」と呼ばれています。
その放浪の旅に出たユダヤ人の一部は、シルクロードを通って東方へ。
その東方の地で布教していたキリスト教ネストリウス派に合流したと思われる人々もいて、さらに布教のために東へ。
やがて、その一団は中国に到達。さらに朝鮮半島、そして日本にもやってきた。田中さんはそう主張しているんです。
★「弓月の君」は中央アジア由来
3世紀の朝鮮半島には、後に帰化した古代日本で「弓月の君」と呼ばれる一族がいました。
定説では朝鮮系の一族とされていますが、一族の源流は中央アジアで現在のカザフスタンにあった「弓月国」だという説があります。
「弓月国」は養蚕や機織り、土木などの技術に優れ、シルクロードを行き来して行商などもしていたといわれています。
またキリスト教ネストリウス派だったともされ、さらにはユダヤ系の人々だったとする説があります。
その「弓月」の一族はさらに東へ向かい、中国から朝鮮半島へ移動したともいわれているんです。
3世紀に入り「弓月」の一族は新羅の圧迫を受けます。そして一族を率いていた「弓月の君」が日本の応神天皇に苦境を訴えたとされています。
訴えを聞いた応神天皇が救いの手を差し伸べ、西暦284年に弓月の君が渡来したと「日本書紀」に記されています。
この「弓月の君」が、後のヤマト朝廷に仕えて大きな影響力を及ぼしたとされる「秦氏」の祖先とされているんです。
田中さんは、この「弓月の君」=「秦氏」がユダヤ系だと主張しています。
そして「弓月の君」を含め、時代的にその前から数度にわたってユダヤ系の人々が日本にやってきたと強調しているワケです。
| なぜ関東で「武人埴輪」が多く出土するのか⁉︎ |
★なぜ関東に「ユダヤ人埴輪」が多いのか
田中さんによると、「弓月の君」=「秦氏」を含め多くのユダヤ人が渡来したとされている古代の日本。
では、なぜ田中さんが「ユダヤ人埴輪」だと主張する「武人埴輪」が千葉や茨城など関東で多く出土するのか?
田中さんは、ユダヤ系の人たちに「太陽信仰」があったからだと主張しています。
「太陽信仰」はユダヤ系のみならず、世界中の人々の中に存在する素朴で原始的な信仰といえます。
そして太陽は東の方から昇ってくる。だから放浪の旅の中にあったユダヤ人たちは東へ向かい、ついには日本にたどり着いた。
さらに日本でも太陽が昇る東方、関東へ向かった。
「ユダヤ人埴輪」が出土した千葉・芝山古墳群は九十九里平野にあります。そして平野のすぐ東には九十九里浜、海がある。
その海から昇る太陽を信仰するため、九十九里平野にいたんじゃないのか。田中さんはそう推測しているワケです。
そして田中さんがもう1つ主張しているのが、「日高見国」の存在です。
近畿にヤマト王権が成立する以前から、近畿から東=関東・東北に「日高見国」という一大勢力があった。
「古事記」「日本書紀」「続日本紀」や現存する「常陸国風土記」などにも、そう記されています。
太陽が昇る東方=関東・東北にあり、人々を統治する勢力があるからこそ、ユダヤ系の人たちは「日高見国」にきたのではないか。
田中さんはそう主張しているんです。そして、この「日高見国」は近畿のヤマト王権の〝祖国〟である、と。
「日高見国」とヤマト王権の関係は、「ユダヤ人埴輪があった!〜」など田中さんが著書で力説していてメチャ面白い!
ぜひ読んでいただきたいと思います。
3.「武人埴輪」はユダヤ人を含めた〝胡人〟をかたどった可能性がある
| 千葉・芝山の「はにわ博物館」前に建つ「武人埴輪」像 |
★「ユダヤ人埴輪」へのたくさんの反論
田中さんと「ユダヤ人埴輪」については、たくさんの反論が上がっています。
まず、田中さんに対して。東北大名誉教授の田中さんは西洋美術史の大家で、研究実績がある方です。
ただ歴史に関しては実績はなく、西洋美術史家の視点から歴史を語っていることに「トンデモ説だ!」という声がたくさんあるんです。
「ユダヤ人埴輪」に対しても、「服装がユダヤ人とたまたま同じようになっただけ」なんて声がたくさん。
「ユダヤ人を模した埴輪なら、他にもユダヤ的な遺物が出土してもおかしくない」なんて指摘もあります。
何よりも多いのは、この埴輪が着ている〝ユダヤ的な服装〟についての指摘。
田中さんは、「つばのある山高帽と長いアゴヒゲ&モミアゲ」が「超正統派」のユダヤ教徒の服装にソックリだと主張しています。
でも「超正統派」のスタイル、実は19世紀末から20世紀にかけて定着したそうです。
また「超正統派」スタイルが、古墳時代の3世紀後半〜7世紀前半のころに存在したかどうかは分かっていないそうなんです。
さらに自分なりに調べたら、中東は砂漠なので当時のユダヤ人は頭にターバンを巻いていたんだとか。
ワタシは田中さんの著書を読んだ後、こうした反論があるのを知って「ホントに眉唾モノなのかも⁉︎」と。
「それでも実物を見てみたいな」と調べたところ、「ユダヤ人埴輪」=「武人埴輪」が千葉・芝山町の「はにわ博物館」に収蔵されていること。
そして埴輪が常設で展示されていること。さらに「はにわ博物館」が、ワタシの住む千葉市から近いことを知りました。
そこで「休みの日にツーリングがてら、見に行こう!」。愛車の小型バイクに乗って、芝山町に行ってみたんです。
| 千葉・芝山の「はにわ博物館」 |
★驚きが詰まっている「はにわ博物館」
「武人埴輪」が収蔵されている「芝山古墳・はにわ博物館」は、千葉県山武郡芝山町芝山438−1にあります。
芝山町が運営する施設で、開館時間は午前9時〜午後4時30分まで。休館日は年末年始と月曜日もしくは祝日の翌日。
料金は大人200円、小人(小中学生)100円。めっちゃリーズナブルな値段で埴輪の衝撃的なフォルムを楽しめるんです。
ただ、電車・バスでのアクセスはちょっとキビシイかも…。
JRだと総武本線「松尾駅」から芝山ふれあいバスで「芝山仁王尊」で下車し徒歩10分。
成田国際空港周辺を走る第3セクター芝山鉄道の「芝山千代田駅」から芝山ふれあいバス「芝山仁王尊」で下車し徒歩10分。
この芝山ふれあいバスの本数が少ないのが、ちょっとキビシイかもしれません。なので車やバイクで行くのをオススメします。
高速道路を使う場合は、圏央道なら「松尾横芝IC」から成田方面へ約4キロ。
東関東自動車道なら「富里IC」から九十九里海岸方面へ約8キロ。
何といっても古墳が集中している山中にある施設ですから、山の中を抜ける峠道があってツーリングには最高です。
ワタシは自宅のある千葉市をスタートして、ひたすら国道296号(成田街道)を走って成田方面へ。
芝山町を走っている県道62号は「芝山はにわ街道」とも呼ばれていて、街のあちこちに埴輪の像が立っています。
もちろん「武人埴輪」=「ユダヤ人埴輪」もあちこちに立っていて、気分がブチ上がりますよ!
「はにわ博物館」は「芝山公園」の中にあって、博物館そばに駐車・駐輪場があります。
博物館の建物自体はこじんまりしているけど、入り口は石組みになっていて、古墳の石室をイメージしているようです。
建物内の展示室は3つだけですが、殿塚・姫塚などの古墳群から出土した埴輪などの遺物がたくさん展示されているんです。
| ユダヤ人というより〝湖人〟といった方がいいかも |
★ユダヤ人を含めた「湖人」
博物館内の展示室には、埴輪がいっぱい! でもやっぱりワタシの目を引いてくるのは「ユダヤ人埴輪」です。
全身が残っているヤツもあれば、顔だけになっているヤツもある。
ガラス越しにジックリと拝見しましたが、その装いは確かに「超正統派」。つばのある山高帽と長いアゴヒゲ&モミアゲ。
「でも、19世紀末から定着し始めた服装なんだよなあ…」
ただ、その顔を見ると鼻が高くてホリが深い。のっぺりした日本人の顔とはちょっと違う感じがするんです。
博物館側の解説では「老人」という説もあるそう。でも「老人」というよりは「顔のホリが深い人」といった方がいいんじゃないの?
博物館側も説明に「渡来人の雰囲気がある」と付け加えています。
ワタシ的な印象はズバリ「異人の顔」。西洋でいうオリエント(東方)。古代には「湖人」(主にペルシア人)といわれた顔。
そんなイメージなんですよね。だから、日本の古墳時代に中国の西域で活動していた人たちについて、ちょっと調べてみました。
当時のユダヤ人は、ペルシア(現在のイラン)や中央アジア周辺で活動していて、特にペルシアの文化に影響を受けていたとか。
当時のペルシア人も頭にターバンを巻いていて、それを何重にも重ねたことから円筒形の帽子状に見えたんだとか。
またユダヤ人の長いモミアゲは「ペイエ」といって、ユダヤ教で「剃ってはならない」とされ、旧約聖書にも記された律法なんだとか。
だから当時のペルシア文化に影響されたユダヤ人が、放浪の果てに日本に渡来。その姿が千葉・芝山で埴輪として残された。
そんな可能性はあるそうなんです。
まあユダヤ人ではないにしても、「湖人」(ペルシア人)が古代から千葉の山中にきていたかもしれない。
そんな可能性があるだけでも、古代へのロマンが湧き上がりますね。
まとめ・田中さんの洞察力と直感力を駆使した作品を楽しもう
| 「はにわ博物館」では「武人埴輪」を色彩的に復元しています |
ここまで田中英道さんの著書、「ユダヤ人埴輪があった! 日本史を変える30の新発見」について紹介してきました。
そして田中さんが著書で力説している「ユダヤ人埴輪」の特徴や「埴輪はユダヤ人だ」と主張する〝根拠〟について、
さらにワタシが「ユダヤ人埴輪」を実際に見学して確認したことについて、
- つばがある山高帽と長いアゴヒゲ&モミアゲはまさにユダヤ人
- ユダヤ人は日本にやってきて「弓月氏」「秦氏」として仕えた
- 「武人埴輪」はユダヤ人を含めた〝胡人〟をかたどった可能性がある
上記の3つの魅力的な主張について紹介&解説してきました。
そして、この記事を読んで、
「ユダヤ人埴輪って、実際にどんな姿をしているの ⁉」
「田中さんはどんな根拠があって『埴輪はユダヤ人だ』と主張しているの?」
「ユダヤ人埴輪って、千葉に行けば見学はできるの?」
そんな疑問がある人は、「ユダヤ人埴輪」の姿や特徴、田中さんが「埴輪はユダヤ人」と主張する〝根拠〟が分かったと思います。
さらに「ユダヤ人埴輪」を見学する方法も分かったと思います。
田中さんは西洋美術史の第一人者です。一方で「歴史学では実績がない」という指摘があります。
でも田中さんは美術の専門家ゆえに、モノの造形にこめられた意味を見い出す洞察力と直感力が素晴らしい人です。
そして日本の古代史に対する洞察力と直感力を駆使した主張は、無視してはいけない鋭いモノがあると思います。
そして、田中さんが「ユダヤ人だ」と主張する千葉・芝山古墳群の「武人埴輪」。
つばのある山高帽や円錐形のとんがり帽をかぶり、高い鼻筋に長いモミアゲやアゴヒゲをたくわえた、まさに異形の姿をしています。
ぜひ田中さんの著書を楽しみつつ、千葉の〝異人埴輪〟を見に行ってほしいと思います。
古代へのロマンがさらにかき立てられますよ!
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