エヴァ、トランスヒューマニズム…伝奇マンガの名作「生物都市」が秘める3つの先駆性

2021年7月7日水曜日

マンガを楽しむ

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「生物都市」の新たな魅力を発見

 名作の新たな魅力を発見「トランスヒューマニズム」


日本の伝奇マンガ界の第一人者、諸星大二郎さんの代表作の一つ「生物都市」。

名前は知っているけど、読んだことがない」という方や、「どんな作品なのか知りたい」と興味がある人が、たくさんいらっしゃいます。

この作品のコンセプトはあまりに独創的かつ先駆的。

発表された1970年代のマンガ界、SF界などに大きなインパクトを起こし、現在も影響を与え続けています。 その理由は、

  1. 発表当時では類似する作品が皆無だった斬新さ
  2. 人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の「人類補完計画」の源流になった
  3. 現在の最先端科学思想「トランスヒューマニズム」も先取りされている

だから、いま読んでも新しさを感じるんです。

ここでは名作のすごすぎる魅力と、上記の3つの先駆性を解説します。

この記事をお読みいただけば、この作品を読んだ人、「これから読んでみたい」という方も、より一層、名作を楽しむことができますよ。

どんな作品なの?


「生物都市」は1974年「週刊少年ジャンプ」34号に掲載。

同年上期の第7回手塚賞を受賞。諸星さんが代表作「妖怪ハンター」でメジャーデビューするきっかけになった出世作でもあります。

現在は「諸星大二郎自薦短編集 彼方より」(集英社)、「諸星大二郎特選集 男たちの風景」(小学館)に収録されています。


物語は198✕年、広明少年が住む川見町に隣接する宇宙船空港を舞台に始まる。


初夏のある日、木星の衛星・イオを調査していた宇宙船「ヘルメス=3」が宇宙空港に帰還する。


だが、船では奇怪な現象が発生していた。


 船内の調査員や船体から感染が広がるように、機械や金属と生物が溶けるように混ざりあっていく。


この現象は空港から道路や電話線、空を飛ぶ鳥も介して広がり、川見町、日本、世界にまで拡大する様相を呈した。

機械と生物が溶け合い、融合していく

 人が機械や金属を所持すればするほど、宇宙船の船体や壁、さらには電信柱や車に溶けて融合していく―。

この不気味な現象を描いた絵は、実にショッキング。子供のころに読んだ時は本当に怖かった。

そのインパクトは、手塚賞の選考委員の方たちにとっても大きかったようです。

人が機械と融合していく。地獄さながらの光景なのか

1.手塚賞の選考委員が驚いた独創性


この物語は、発表当時の日本マンガ界、SF界でも前例のない内容。要するに読んだことのない面白さだったワケです。


しかも無名の新人作家の手によるもの。そのため、手塚賞選考委員の間で騒ぎが巻き起こりました。


当時の選考委員の1人だったSF作家・筒井康隆さんは著作「′74日本SFベスト集成」で舞台裏を明かしています。


他の選考委員たちから「無名の新人作家の作品とは思えない」「先行するSF作品に類似したものがあるんじゃないのか」。


多数の問い合わせが殺到した。


当然ながら、そんなものは存在しない。


だって、諸星さんの創造力から生まれた作品です。なので、最終的には文句なし、満場一致で入選が決まったそうです。


エヴァの「人類補完計画」などにも影響


先頃、新劇場版映画が公開された超人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」。


この作品の最大のテーマとされる「人類補完計画」も、「生物都市」が影響を与えたとされます。


「人類補完計画」を説明すると、人類には素晴しい知恵がある。


だが、寿命があるため、知恵を継続させる子孫が必要。


子孫が増えれば群れができ、群れの中には善人も悪人も存在するし戦争などの悪行も行われる。


そんなジレンマを克服し、完璧な人類になるには、人類が単体になる、一つの集合体になるしかないー


エヴァの生みの親、映画監督の庵野秀明さんは、諸星作品の大ファンとされています。


人類を一つの集合体にする」という考えが、まさに「生物都市」のコンセプト(後述します)からの影響と指摘されています。


また、エヴァに出てくる「知恵の実」「生命の実」という考えは、諸星作品の代表作「生命の木」からインスパイアされた匂いがプンプンします。


「生物都市」の先駆性は、当時の手塚賞選考委員会、さらにはSF界をも驚かせ、そのコンセプトがエヴァにも多大な影響を与えました。


私はこの作品を何度も読み返しているうちに、実は現在の最先端科学思想も先駆けて取り入れていたんじゃないのか? と気付きました。


それこそが「トランスヒューマニズム」です。


2.トランスヒューマニズムとは何か


トランスヒューマニズム」とは、


最先端の科学技術と機器を使って、人間の身体能力や認知能力を発達させ、人間、そして社会を前例のない状況にまで発展させようという思想。


昔のマンガやアニメで流行った、人間の体を機械に改造するサイボーグなどが、その一例といえます。


現在のテクノロジーでいうと、以下のようなイメージになります。


  1. 義手・義足などを神経とつないで、脳から送られる「動け」という信号によって義手などを稼働させる。
  2. 色盲の人の頭蓋骨にアンテナを埋め込み、色が持つ音(振動、周波数)をキャッチしてどんな色なのかを識別させる。
  3. 通信が可能で個人データを内蔵したマイクロチップを手に埋め込み、手をかざすだけでデータ通信ができる。

  • 義手・義足のテクノロジーは急速に進化している


テレビ東京系の人気バラエティー「やりすぎ都市伝説」で、「ミスター・都市伝説」関暁夫さんが紹介、主張しているものが最たる例だといえます。


「生物都市」との奇妙な符合


人間や生物の体と機械、金属が溶けるように融合していく「生物都市」のストーリーとは、ちょっとオモムキがちがうんじゃない?


そう考える人がいると思います。


「トランスヒューマニズム」は身体改造用の機器を使って、肉体的に足りない、衰えている部分の補強、さらには強化するイメージがあるからです。


でも「生物都市」のストーリーに立ち返り、奇怪な現象の源について、衛星イオの住人を語り部にした諸星さんの説明を読み返す。


すると、「トランスヒューマニズム」と奇妙なほどに符合してくるんです。


ちなみに、「トランスヒューマニズム」は、英国の生物学者、B・S・ホールデンが1920年代に提唱した思想が源泉。


以後、世界の生物学界などに影響が拡大。


1960年代の名作SF小説「2001年宇宙の旅」を生み出したアーサー・C・クラークに着想のヒントを与えたとされます。


諸星さんは実に博学な人で、作品を生み出すために歴史的、科学的な文献などを相当に取材、勉強されています。


強く影響を受けているとされるのは、20世紀初頭の米国人作家、H・P・ラヴクラフトらが生み出した「クトゥルー神話」。


特に「異界からの侵入者」「太古の旧支配者」という思想の影響を受けているといわれます。


これに加え、諸星さんは「トランスヒューマニズム」も取材されたと、私は推察します。


イオ人がテクノロジーと融合した理由

前述した「諸星さんの説明」に戻ります。

木星の衛星・イオは、数億年前は高度な機械文明都市だったが、星が急速に冷却化し、生物が住める環境ではなくなった。

生き延びる最後の手段として、彼らはテクノロジーと一体化した。

機械の非生命的な形態を借りることで不死になり、生命の本質的なあり方も変えた。

歯車が脳髄と同居し、神経がコンピューターの回路となった。

その結果、イオ人全体の意識がつながり、機械は人間の脳と神経を借りて感じ、考えるようになった。

人と機械との完全な集合体「生物都市」となり何億年も生存し続けているー。
これこそ、人間や社会を前例のない状況に発展させた「トランスヒューマニズム」の、典型的な例ではないでしょうか。


3.テクノロジーとの融合が行き着く先を描く先駆性


イオ人はテクノロジーと融合することで、寒さや暑さなどの環境面の不安から脱却。


他の人たちと社会的、思考的にも融合し集合体生物と化すことで、戦争などの脅威を消滅させました。


宇宙船ヘルメス=3の帰還でもたらされた感染源によって、地球上でも人と機械との融合が広がる。そこには恐怖も苦しみもない。


宇宙船の船体と融合した乗組員は「人類に初めて争いも支配も労働もない世界が訪れる」と説明する。


機械に溶け込んだ科学者は「理想郷(ユートピア)」だとつぶやき、意識を集合体に融合させていく。


主人公・広明の祖父も、家の中の家具などと溶け合っていく。


痛みはなく、壁や家具が体に交わることで「まだまだ生きられる」と進行する事態に身を委ねる。

「トランスヒューマニズム」に関しては、陰謀論を主張する人もいます。


テクノロジーを人類に共有させることは、結果的に人類の集合体を形作ること。


そうすることで人類を支配しようとしている存在がある、と。


「ミスター都市伝説」も、番組で同じ趣旨の考えを披露しています。その主張は、まさに「都市伝説」でトンデモ話に聞こえます。


でも、本当に「都市伝説」のレベルで捕らえていいのでしょうか?


ユートピア、それともディストピア?


「生物都市」では、川見町の人たちが機械と融合していき、それが世界に広がっていくイメージを抱かせます。


融合した人たちに表情はなく、意識も感情も感じられない、まるで無機質な物体のよう。


その光景はユートピアなのか、ディストピアなのか…。


広明は難を逃れ、山の中に小屋を立てた知人の男性とともに原始的な生活に入る。


融合をふせぐためにフライパンなど金具の調理器すら捨てて「自然のままの生活が一番いい」と。


だが、これも理想郷といえるのか…。

「生物都市」はあくまでも、マンガ、創造された世界です。


でも、いま自分の周囲を見渡すと、この作品のことを簡単に空想だとは言い切れません。


パソコンやスマホは、もはや体の一部になっている


ペットが迷子になった場合に備えて体に埋め込むマイクロチップ、補聴器、ペースメーカー、メガネもそう。


身体を補う、改造するための機器は、身近にたくさんあります。


社会にアクセスするためのテクノロジーであるパソコン、スマホ、スマートウォッチ。


もはや通信ツール以上の便利なモノとして、手放せない存在です。


スマホはもはや体の一部に


一方で、LINEなどのSNSや動画の閲覧、ゲームなど、1日の大半を、スマホを手にして過ごしている人が多いと思います。


しょっちゅう友人、知人からのメールチェックをしたり、体の一部といっていいほど。


あまり度が過ぎると「依存症」「ゲーム依存症」なんて呼ばれてしまう。


自分に必要な情報を手軽に獲得するため、自分の活動範囲を広げるためにスマホを使っているはず。


なのに、常に「確認しなきゃ」と画面をのぞく。


もはや主従が逆転している。これって、体こそ融合していないけど、テクノロジーに取り込まれた感じがします。


まるで、「生物都市」の世界のようです。


まとめ・現代にも通じる、ゾクリとさせる怖さ


「生物都市」は発表当時から、そのSF的な創造性が飛びぬけていて、まさに時代を先駆けた作品でした。


でも、それだけじゃない、テクノロジーが発展して行き着いた世界を「生物都市」は「人と機械が溶け合う」姿で表現している。


そして、発表当時の時点で、現在のさらに先を走っていたんじゃないか。


そう考えると、この作品は、さらにゾクリとする怖さと不気味さを感じさせてくれるのです。


この記事をお読みになり「もっと興味がわいた」という方は、ぜひ「生物都市」のページを開いてください。


作品がよりいっそう楽しめること、間違いなしです。


当ブログでは、諸星先生のほかの作品についても解説しています。興味がある方は、のぞいてみてください。



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