漫画作品は誰のものなの? |
「セクシー田中さん」の悲劇の背景を理解するためのヒント
2024年1月、日本の漫画界にとって悲しい出来事が起きました。
人気漫画「セクシー田中さん」のテレビドラマ化での「原作改変問題」をめぐり、漫画家さんが亡くなるという悲劇です。
漫画ファンの憤りがドラマ化したテレビ局と作品の出版社へ向けられています。
漫画のアニメ化や実写ドラマ・映画化はこれまでも行われていて、作品のストーリーや設定が改変されることもしばしばあります。
原作者である漫画家さんと、出版社やテレビ局との間でトラブルになるケースも多数ありました。それだけに、
「原作改変問題って、何が原因で起きたの?」
「漫画の著作権は漫画家さんにあるはずなのに、なぜトラブルになるの?」
「何でドラマ化とかで原作のストーリーや設定が変えられてしまうの?」
そんな声がたくさん上がっています。
2024年2月15日、ドラマ化した日本テレビ側が特別調査チームによる調査と検証を行うと発表。5月31日に報告書が公表されました。
今回の「原作改変問題」の原因は「漫画家と著作権」の関係にあるようです。
そして「漫画家と著作権」と「原作改変問題」を理解するためのヒントになる漫画作品があります。
漫画家・佐藤秀峰さんの「Stand by me 描クえもん」。
佐藤さんも作品の著作権などで出版社やテレビ局とのトラブルに遭遇。その経験をもとに上記の作品を発表されています。
この記事では「Stand by me 描クえもん」が描いている「漫画家と著作権」「原作改変問題」について、
- 出版社に対してあまりにも弱すぎる漫画家の立場
- 出版社と漫画家との出版契約は〝不平等条約〟だった
- 出版社&テレビ業界の〝論理〟が原作を改変させる
この記事を読めば、作品で描かれている「漫画家と著作権」の関係についてよく分かり、「原作改変問題」の理解へのヒントになります。
さらに作品を手にとって、ページを開きながら3つの事実を確かめたくなりますよ。
「原作改変問題」と「Stand by me 描クえもん」について
★芦原妃名子さんと「セクシー田中さん」
とても気の毒で、悲しくてやるせない出来事でした。
2024年1月29日。人気漫画「セクシー田中さん」の原作者で漫画家、芦原妃名子さんが50歳で逝去されました。
発端は「セクシー田中さん」に関して、ドラマの脚本家さんが最終話の2話分を芦原さんが書いたという趣旨をS N S に投稿したこと。
「過去に経験したことのない事態に困惑」と発信しました。
これを受け、芦原さんも S N S で経緯について投稿。芦原さんによると、
日本テレビ系で実写ドラマ化の企画が立ち上がった際、芦原さんと出版社側が「原作を忠実に守ってほしい」と申し入れた。
日テレ側も合意したが、出来上がってきた脚本が原作から改変されていることがたびたびあったとのこと。
自分の作品を守るため、最後の2話分を芦原さんが自ら執筆されたそうです。
でも漫画原作者とテレビ局&脚本サイドのトラブルが物議を醸す中、芦原さんが死去。
「原作に忠実に」という芦原さんの発信に、脚本家さんは芦原さんが亡くなった後に「経緯は初めて聞くことばかり」と投稿。
双方の話が食い違っていることから、ネット上などでは騒動が続いています。
ただ、今回の痛ましい出来事の背景にあるのは「漫画家と著作権」の関係と「原作改変問題」であることは間違いありません。
★出版社とのトラブルを描く「Stand by me 描クえもん」
ここでは、漫画家・佐藤秀峰さんと「Stand by me 描クえもん」について紹介します。
佐藤さんは1973年12月生まれで北海道出身。大学在学中に漫画家の福本伸行さん、高橋ツトムさんのアシスタントに。
1998年にプロデビューして大人気作「海猿」や「ブラックジャックによろしく」などを発表しています。
そして「Stand by me 描クえもん」は、2015年から2022年まで「マンガ on ウエブ」「トーチ web 」で連載。
コミックスは全3巻が発売中。累計発行部数は2019年に刊行された第2巻時点で10万部を突破。
「セクシー田中さん」の問題が発生してから、注目を集めている作品です。
その理由は佐藤さんが「海猿」「ブラックジャックによろしく」を執筆されているころのエピソードがベース。
主人公の満賀描男(まんが・かくお)はアシスタントをしながら漫画家デビューを目指していた。ある日、ハゲでデブのおっさんが現れ「おれは未来からやってきたおまえだ」。おっさんは「漫画家を目指すのをやめろ」「おまえには漫画家は向いていない」と忠告する。描男は投稿作が「努力賞」に入り、担当編集者から〝描かされた〟スポーツモノでプロデビューを果たす。
さらに、編集者から強要された海上自衛隊モノの「魚猿」(モデルは海猿ですね)が大ヒットするんです。でも、
取材担当で原案者の功森が〝自分が原作者〟とかたって手柄を独り占め。
ストーリーも作画もこなしている描男は「自分が原作者だ」と編集者に抗議。
編集者は「君が原作者だってはっきりさせたからって、何が変わるの?」とバッサリ。
描男は自分が創り出した漫画を守るために、原案者や編集者、出版社と闘います。その過程がまさに「漫画家と著作権」の問題そのもの。
そして「セクシー田中さん」の悲劇の背景にある「原作改変問題」にも通じるんです。
次項からは「Stand by me 描クえもん」で描かれている、「漫画家と著作権」の関係と「原作改変問題」を理解できる事実を説明します。
1.出版社に対してあまりにも弱すぎる漫画家の立場
★編集者に対してモノ言えぬ新人漫画家
主人公の満賀描男は23歳。連載漫画家のアシスタントを務めながら、自分の作品を出版社の編集部に持ち込んでいました。
描男は S 社の漫画賞で「努力賞」を獲得。担当編集者がつく。編集者から命じられた「スポーツモノ」でデビューした描男は、その後も数本の読切作品を執筆した。
「作家が何を描きたいかは興味がない。君に期待しているのは画力だけだよ」
描男は編集者から「自衛隊モノで連載が決まった」と告げられる。困惑する描男に編集長は「できるよね? できないと殺すからね」といい捨てる。
佐藤さんはエピソードごとに「これはフィクションです」と〝ことわり〟を入れています。
でもほかの漫画家さんの体験談を聞いたりする限り、弱い立場の漫画家に〝強権を振りかざす編集者〟は実際にある話のようです。
★連載スタートのためがんじがらめに
編集者からいい渡された「自衛隊モノ」を描くために、描男は連載のための準備に入ります。
編集者から自衛隊の資料を渡されたり、海上自衛隊にコネのある「自衛隊ネタ」の提供者・功盛と取材にいったり。ただ編集者や功盛からは具体的なアイデアなどは皆無。描男は困惑しつつ作品の構想とストーリーを練りネームをつくる。
おっさんは「功盛という男は気をつけたほうがいい。自分のことを『原作者』と自己紹介しただろう?」と忠告。描男は「僕が物語を考えて、僕が絵を描くんだ。僕が原作者に決まってるじゃないか」と反論。おっさんは「自衛隊モノというネタを出したのはヤツだ。つまりヤツが原作者だ」と説明し「この話は断れ」と再忠告する。さらにおっさんは「連載するなら契約書はしっかり結べ」と3通の契約書を渡す。
★突然の〝原作者〟の出現に困惑
描男のネームに編集者からの G O サインが出て、「魚猿」のタイトルで連載がスタートします。
さらにスタートから「魚猿」は大好評。描男が考えた緊迫感あふれる戦闘シーンから始まったストーリーがブレークしたんです。
「魚猿」人気が上昇する中、取材の担当者である功盛が「原作者」としてメディアに登場。功盛は「自分がいなかったら魚猿はなかった」などと、大ヒットの立役者だとアピールしまくる。
編集者は「実際に描いているのは君なんだから、気にしなきゃいいだろ?」。さらに「そもそも『原作者』って何かなあ? 海上自衛隊モノってネタを出したのは功盛氏。それって原作者っていわないの?」
2.出版社と漫画家との出版契約は〝不平等条約〟だった
★知らされていなかった印税率に衝撃
大人気となった「魚猿」は単行本化。重版を重ね、描男が知らない間に作品の映像化まで決まっていきます。
そして〝原作者〟の功盛はもちろん、描男の担当編集者までメディアに露出。
作品のヒットの手柄を自分たちのものにした上に、描男を抜てきして育てたとアピールします。
編集者は「印税率は決まっている。著者印税は合計10%。功盛氏が1でキミが9」。描男は「初耳なんですけど…」「契約書の内容を説明されてない」と抗議する。編集者は「何で(説明しろと)いわなかったんだよ」と冷淡。「すでに単行本は販売されていて、キミはこれまでそのことに文句をいっていない」「つまり契約はすでに成立しているんだよ」
編集者は「編集部に戻ったら契約書を郵送する」「作家には全員同じ契約書にハンコもらってる」。
でも後日に送られてきた契約書の内容に、描男はまたもやがく然とするんです。
★原作者の全ての権利を奪われる
出版社から送られてきた「出版等許諾契約書」の内容に、描男は驚きました。
契約書に記された内容を見て、描男は思わず「何だコレ…?」。出版権、オンデマンド出版権、電子出版、映像化権、商品化権。「これを全部出版社に取られるのかよ…」。「僕には著作権使用料がちょこっと回ってくるだけじゃん…」「描いているのは僕なのに…、自分じゃ何一つ自由にできないじゃん…」
作品のキャラクターグッズを作っても、商品の売り上げからは一銭も漫画家さんには入ってこないということ。
アニメ化や映画化されても、配給収入などの利益も漫画家さんには回ってこない。
そして、漫画家さんに入ってくるのは作品の著作権使用料だけ。この使用料が実際にどれくらいなのか?
佐藤さんはご自身の「 n o t e 」に「海猿」の映画化で「原作使用料は確か200万円弱でした」と記しています。
映画「海猿」は4シリーズ制作され、合計配給収入は242億1000万円です。
「銀魂が映像化された際に入ってきた著作権使用料は300万円くらい」。
★出版社とトコトン闘う
前述しましたが、描男が「魚猿」の制作準備に入った際に「未来の描男」が3通の契約書を持ってきました。
この3通の内訳は、「執筆契約書」「出版契約書」「漫画共同制作基本契約書」。
内容は作品の原作者が漫画家さんであるという前提を守り、作品から発生する権利も出版社と協議して決める内容です。
ハゲデブのおっさんは「未来からきた」だけに、描男が「魚猿」を連載することでどんな目に遭うのか分かって忠告したワケです。
描男は原稿料を現在の2倍に上げてほしいと要望する。さらに契約書をなかったことにしろと主張。制作作業が他の作家と同じだと主張し、印税率を10%にしろと要求。出版契約書なのに何で電子書籍や映像化の権利まで取られるのか?
出版社側が契約書の見直しをする間に「魚猿」は休載。修正された契約書に描男がサインし連載は再開します。
でも、この後も描男と出版社との闘争が続くんです。
3.出版社&テレビ業界の〝論理〟が原作を改変させる
★映画化では原作改変され放題
描男は契約書を改めることで割り切り「魚猿」の連載を再開します。
でも制作を続けるうち作品の旬がすぎたことを感じ、連載の終了を出版社に申し入れます。
編集者からの「仕事を干してやる」なんて脅しなどを受けつつ「魚猿」の連載を終了。出版社とほぼ絶縁状態になります。
「魚猿」の映画化にまつわるエピソードは描かれていません。
詳しい話は聞かされず、ある日映画化が決まっていた。漫画家と出版社は通常「著作権管理委託契約」を交わし、何かあるたびに漫画家に報告し許諾を取る必要がある。それがまったく守られずに企画が進み、映像化の契約書に判を押すことを要求された。
(映画化は)好きなようにされていました。映画は D V D 化されてから観ました。クソ映画でした。僕が漫画で描きたかったこととはまったく違いました。
★利益を上げるために原作を改変する
佐藤さんは映像化に関する出版社やテレビ業界の〝論理〟も説明しています。
映像化は本の宣伝になるので、映像化契約をすみやかに結んで本を売りたい。著作権使用料でテレビ側ともめて映像化が頓挫することがないようにしたい。漫画家のために引き上げ交渉はしない。
できるだけ安く作品を使用する権利を手に入れたい。漫画家に映像化の条件を細かく出されると動きにくいので、会いたがらない。
テレビ側には「漫画家は原作に忠実にやってほしいといっているが、漫画とテレビじゃ違うので自由にやってください」。漫画家には「原作通りにやると予算がたりないみたい」。
またキャラクターの設定に関しても主人公の性別が変わっていたり、原作のイメージと違うケースがあります。
映像化ではキャスティングが作品のヒットのカギ。だからキャストは今が旬、大人気のタレントを使いたい。
またテレビ側がしがらみや貸しのある芸能プロからプッシュされたタレントを使わざるをえないこともある。
だからタレントの性別いかんで、作品の主人公の性別も変わってしまう。これらはワタシが仕事関係で聞いた話です。
かくして作品は原作者である漫画家の手を離れていくワケです。
★「漫画の原作者」って何だろう?
描男は常に「漫画家って何だろう?」と自問自答しています。
ストーリーと世界観、そしてキャラクターを創造し作画もこなしている。
なのに作品がヒットして映像化されても、作品から発生する権利は自分にはない。
ストーリーなども変えられ、自分が描きたかったことや伝えたかったこととは全然違っているからです。
描男は出版社と話し合って練り上げた契約書に「漫画と契約する」とハンコを押します。
自分を殺して、傷つきながらも自分には漫画しかない、と。
「セクシー田中さん」の「原作改変問題」を知ってから、ワタシは「描クえもん」や佐藤さんの「 n o t e 」が刺さりまくりました。
描男=佐藤さんの心境は、まさに芦原さんの苦悩そのものじゃないのか。悲しい結末となった背景にあるものじゃないのか、と。
「描クえもん」には芦原さんの悲劇を思い起こさせるエピソードも載っています。
性に奔放な女の子を主人公にした作品で、原作者のマチ子自身の〝体験〟も反映されているようなストーリーが大ヒット。実際は出版社側が用意した原作者がストーリーを作り、マチ子が作画していた。マチ子は出版社の上層部たちと〝関係〟を持ち、漫画賞も〝獲得〟して売れっ子になっていく。
★漫画家にとって作品は自分そのもの
漫画家=原作者と出版社&テレビ側との間にはブラックボックスがある。それが良い方に機能する場合もあれば、悪い方に機能することもあるでしょう。作家のために働いてくれる編集者や、誠実なテレビマンもいるはずです。不幸なケースや幸せなケースもあると思います。
芦原さんについて「繊細な人だったんだろうな」という感想をいくつか見かけました。多分、普通の人だったんじゃないかと想像します。普通の人が傷つくように傷つき、悩んだのだと思います。
そして漫画家さんにとって、漫画作品は自分の分身=自分そのものなんだ、と。
自分が生み出した作品、自分そのものを勝手に変えられて傷つかない芸術家や漫画家さんがいるわけありません。
漫画家さんが死ぬほど苦しみ、自分を押し殺して成り立っている今の出版・映像文化って、いったい何なんでしょう?
いい方は悪いかもしれません。でも「原作改変問題」を機に、出版・映像業界は自分たちのあり方を考え直す必要があると思います。
まとめ・描男=佐藤さんの〝その後〟の奮闘にも注目したい
佐藤さんの奮闘ぶりにも注目です |
ここまで佐藤秀峰さんの漫画「Stand by me 描クえもん」について紹介&解説してきました。
そしてこの作品で「原作改変問題」の背景にあると思われる「漫画家と著作権」の関係についてよく分かるポイント、
- 出版社に対してあまりにも弱すぎる漫画家の立場
- 出版社と漫画家との出版契約は〝不平等条約〟だった
- 出版社&テレビ業界の〝論理〟が原作を改変させる
上記の3つの事実について解説してきました。
今回の「原作改変問題」については、2024年5月31日時点で公表された日本テレビの調査報告書でかなり詳細に説明されています。
ドラマ制作側が原作者とコミュニケーションを密にせず、出版元の小学館を含めた原作サイドと話を詳細に詰めていなかった印象を受けました。
一方、佐藤さんは著作権などで出版社やテレビ局とのトラブルに遭遇。その経験をもとに、この作品を描いています。
それだけに、この作品には「漫画家と著作権」がよく分かり「原作改変問題」を理解するためのヒントが詰まっているんです。だから、
「原作改変問題って、何が原因で起きたの?」
「漫画の著作権は漫画家さんにあるはずなのに、なぜトラブルになるの?」
「何でドラマ化とかで原作のストーリーや設定が変えられてしまうの?」
そんな疑問がある方にはぴったりの作品です。
ここまで紹介してきた通り、佐藤さんは「海猿」などでトラブルに遭遇しました。でも、まさに自力で問題を克服されています。
さらに出版社などに頼らず、ご自身の作品やほかの漫画家さんの作品を発表するためのメディアも運営されています。
このあたりの事情をくわしく記しているエッセイ「漫画貧乏」や佐藤さんご自身の「 n o t e 」も必見の価値があります。
漫画・出版や映像業界に興味がある方はぜひご覧ください。
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