谷口さんの作品に犬は欠かせない存在です |
各ジャンルの代表的な傑作&名作が分かる
目の前に広がる風景を切り取ったような、うっとりしてしまう美しい絵柄。
そして面白くて感動的なストーリーが大人気の漫画家、谷口ジローさん。
代作は「孤独のグルメ」(原作・久住昌之さん)。テレビドラマ化されて今も大人気です。
そして2016年に実写映画化された「神々の山嶺」(原作・夢枕獏さん)。
両作品をきっかけに、ファンになった人がたくさんいます。
でも谷口さんにはたくさんの作品があって、さまざまなジャンルで傑作を発表しています。それだけに、
「『孤独のグルメ』でハマりました。ほかに面白いオススメ作品はありますか?」
「谷口さんの絵がきれいな作品を読んでみたいけど、いろいろジャンルがあって迷ってます」
「『神々の山嶺』で谷口さんのファンになって、ほかの作品を読みたいけど何を読めばいいのか分かりません」
そんな声が多いんです。
この記事では美しい絵柄が楽しめて、各ジャンルで代表的なオススメの作品をチョイス。
- 「犬を飼う そして…猫を飼う」〜動物もの〜
- 「『坊ちゃん』の時代」(原作・関川夏央さん)〜歴史もの〜
- 「歩くひと」〜散歩もの〜
- 「遥かな町へ」〜SFタイムスリップもの〜
- 「センセイの鞄」(原作・川上弘美さん)〜恋愛もの〜
上記の5作品について紹介&解説します。
この記事を読めば、谷口さんの多岐にわたるジャンルの代表作と魅力や面白さが分かってナットク&マンゾク。
作品を手にとって、谷口さんが描いた美しい絵とストーリーを楽しみたくなりますよ。
谷口ジローさんと作風について
★多彩なジャンルを描いたアーティスト
本名は谷口治郎さん。1947(昭和22)年8月14日生まれで鳥取市出身。
2017(平成29)年2月11日、病気のため69歳で亡くなりました。
高校卒業後に漫画家を目指して上京。石川球太さんに師事。1971年「嗄れた部屋」が「週刊ヤングコミック」に掲載。
上村一夫さんのアシスタントを経て、漫画家として独立しました。
代表作は前述した「孤独のグルメ」。テレビ東京系でドラマ化され、松重豊さんの主演で大人気を誇っています。
作品のジャンルはめちゃ多彩。作家・関川夏央さんとタッグを組んだハードボイルドものや動物もの。
さらに格闘技、冒険、歴史、文芸やSFまで。各ジャンルの作品がファンからの人気を集めました。
★バンド・デシネの日本代表
あらゆるジャンルで発表した作品が人気となった理由は、特徴的な作風「バンド・デシネ」にあります。
バンド・デシネはフランス・ベルギーなどで描かれている漫画のこと。フランス語で「描かれた帯」「続き漫画」を意味します。
特徴は1コマ、1ページごとの絵の完成度が高いこと。ベルギーの漫画家、エルジェの「タンタンの冒険」が有名です。
繊細で緻密な書き込みと美しい着色で、1コマや1ページ自体がアートとして成立するほど。
谷口さんはバンド・デシネを徹底的に研究。その手法を取り入れて、自身の作風を完成させたんです。
だから谷口さんが描く作品は、いずれも美しくて精緻。特にバックに描かれる街の風景は美しすぎる!
当然ファンのハートをつかみ、さらにバンド・デシネの本家であるフランスなどで高い評価を得ているんです(後述)。
当ブログが紹介する4作品は、特に谷口さんの作風が楽しめることがチョイスした理由です。
ここからは1作品ずつ紹介&解説していきます。
1.「犬を飼う そして…猫を飼う」〜動物もの〜
★犬&猫を愛する人のための連作
この項目のタイトル。実は読み切りで発表された2つの作品の題名を合わせたものなんです。
まずは「犬を飼う」。「ビッグコミック」1991年6月25日号に掲載。単行本と文庫本がいずれも全1巻が発売されました。
1992年には第37回小学館漫画賞審査員特別賞を受賞しています。
続いて「そして…猫を飼う」も「ビッグコミック」1991年12月25日号に掲載。
「犬を飼う」の続編的な作品のため、動物もので編集された単行本などに同時に収録されてきました。
この記事では、両作品が収録され2018年に発売された単行本「犬を飼う そして…猫を飼う」を紹介します。
★「犬を飼う」の登場人物とあらすじ
登場人物は、緑が濃い東京郊外に住むご夫婦。そしてテリアと柴のミックスで14歳のタムタム(タム)。
私は仕事場である都心のデザインスタジオに通っている。仕事柄、昼前に起きてタムを散歩させてから仕事場へ。夕方は妻がタムの散歩に付き合い、帰宅後に私が深夜の散歩に連れ出す。犬は食事と散歩が大好き。しかも自分のすみかではトイレはせず散歩まで我慢している。そんなタムのために、夫婦は1日3度の散歩に出ていた。だがタムは寄る年波に勝てず歩くことができなくなってしまう…。
タムの体は弱っていき歩けなくなる。食も細くなりトイレも漏らしてしまう。寝たきりになって床ずれに苦しみ、1日中苦しそうな声を上げる。夫婦はどうしてあげればいいのか分からず悩む。
犬を飼うということは最後の瞬間まで愛すること |
★精緻な描写がもたらす涙
寝たきりのタムは突然、けいれんを起こしました。見守る側は驚き、何をしてあげればいいのか分からない。
闘病している犬は食事ができなくなると栄養分が足りなくなり、最後はけいれんを起こすんです。
それでも獣医さんに処置してもらったタムは、点滴をつけながら1カ月近くがんばります。
私たちはただ苦しませないで死なせてやりたかった。なぜ、こんなになってまで生きようとするんだ? なぜ、こんなにがんばるんだ、タム⁉︎
一方でタムが家族になったころや成犬になった若々しい姿も描いています。
人が少ない広い河原に放したタムが、うれしそうに生き生きと駆け回る。
衰えたタム。躍動するタム。いずれの描写も精緻で素晴らしい分、読んでいると泣けてくるんです。
★見守るしかできないもどかしさ
私も最近、16歳まで生きた愛犬を亡くしました。
弱っていく愛犬を見つめながら「苦しませずに死なせてやりたい」。谷口さんと同様に、そう願っていました。
タムを見つめ続けるしかないご夫婦の背中にあふれる、苦しむタムに何もしてやれないもどかしさ。
谷口さんがコマの中につづった独白は、私の心境そのものでした。
たかが犬一匹…、しかし、なくしたものがこれほど大きなものだとは思わなかった。
谷口さんのセリフと河原の風景は、まさに私の心境を描いているようで、ただただ泣けてしまいました。
猫のかわいいしぐさは心を癒してくれます |
★「そして…猫を飼う」のあらすじ
「そして…猫を飼う」はタムを失って1年後の谷口家の様子が描かれています。
1年がすぎても、庭の片隅にはタムの小屋がそのまま残っている。
ある日、隣人から猫をもらってくれと頼まれる。私は「だめだ!」。もう動物が死ぬのを見るのはつらいからだった。でも隣人は猫を連れてくる。元の飼い主には子供が生まれ、里子に出した家では団地で飼えなかった。行き場がなかった。妻は猫を引き取ってしまう。猫は飼い主が見つからないと処分されてしまうから。私は「連れてきちゃったんだから、もう飼ってやるしかないだろう」。
最初は新しい家でオドオド。でもだんだん慣れてきて、ご夫婦にも懐いていく。ある日、妻の友人たちが遊びに来て、ボロのおなかが大きいことを指摘される。タムを見てくれた獣医から妊娠していることを告げられる。
でもご夫婦は事態を受け入れ、出産の準備を進めます。ボロを抱いてさすっていたおなかが動くと大喜び。
子供が生まれるのが楽しみになっていくんです。
★「死」と「生」を循環する連作
ボロはご夫妻がダンボールで作った出産箱の中で、3匹の子猫を産み落とします。
夫妻は獣医さんに電話し、へその緒の処理の仕方を教わって自ら処置する。数時間後、子猫たちがボロの母乳を吸い始め、夫妻は喜びつつほっとする。
出産箱から子猫を連れて電話台の下に移動したり。チョロチョロ動き回る子猫たちから目を離さずフォローしたり。
私たちが忘れてしまった純粋なものを、そっと見せてくれる。ほんのちっぽけな、とるにたらないものかもしれないけど、私たちの心はやわらかくなる。
命ある限り「死」の瞬間まで生き続けようとする「生」の尊さ。誕生した命を守ろうとする「生」の素晴らしさ。
ご夫妻と同様、愛犬を失った私は「死」と「生」を循環する2つの物語に、心が癒される思いを感じました。
谷口さんの精緻で繊細な描写が、ストーリーをさらに叙情的&感動的にしている2つの連作。
犬や猫が大好きな人には、ぜひ読んでほしい傑作です。
2.「『坊ちゃん』の時代」〜歴史もの〜
★明治の文豪たちの息づかいが伝わってくる
作家の関川夏央さんとの共著。関川さんが原作、谷口さんが作画を担当。
このコンビはハードボイルドの「事件屋稼業」などさまざまなジャンルでタッグを組んでいます。
「『坊ちゃん』の時代」は歴史ジャンル。1987年から1996年まで「漫画アクション」で連載。
全5部で構成されています。コミックスは全5巻が発売中です。
1993年には第12回日本漫画家協会賞優秀賞、1998年には第2回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しています。
舞台は明治時代。タイトルの「坊っちゃん」で知られる小説家・夏目漱石ら、明治の文豪たちの姿や世相が描かれています。
全5部では谷口さんの精緻な絵が、明治時代を見事に再現されていて秀逸。
明治の街並みや建物、風俗などが楽しめる。明治人たちの雰囲気や息づかいがメチャ伝わってきます。
★登場人物とあらすじ
全5部ではそれぞれ主人公が違っていますが、全編を通しての主人公は夏目漱石といえます。
漱石はもはや説明がいらない、明治を代表する文豪。デビュー作「吾輩は猫である」「三四郎」など名作がたくさん。
明治時代の世相や、人々の風俗や考え方。明治の雰囲気が分かって楽しめる作品を発表し続けた文豪。
さぞや、気難しくてお堅い人物とイメージしちゃう。でも第1部「坊っちゃんの時代」を読むと、そのイメージは一変。
漱石は東京のビアホールで1人、ビールを楽しんでいた。だが神経症&酒乱気味。相席した客たちは議論を交わし騒いでいる。議論が沸騰すると同時に酔っ払った漱石の酒乱も爆発。大暴れして大騒ぎになる。共に留置場にとめられたことで相席客たちと親しくなる。客たちが連れてくる友人も含め「木曜会」として交流する。
内田百閒や森田草平、芥川龍之介など明治の作家や思想家たちが集まっていました。
ストーリーでは、漱石の元に集まってくる弟子たちや文豪たちとの交流が展開。
交流する人たちをモデルに「坊っちゃん」が完成していく過程も描かれています。
第2部「秋の舞姫」は二葉亭四迷と森鴎外。第3部「かの蒼空に」は歌人・詩人の石川啄木と言語学者・金田一京助。
第4部「明治流星雨」は大逆事件の中心人物で思想家・幸徳秋水と菅野須賀子が中心。
そして第5部「不機嫌亭漱石」は、晩年の漱石や明治末期の世相を描いています。
★文豪たちとのすれ違い
作品では明治時代に実在した文豪や軍人、政治家、思想家たちが登場。
実際には交流がなかった人たちが、ストーリー上ではすれ違ったりしています。
例えば、あらすじで説明したビアホールのシーン。
酔っ払った漱石が大暴れしている片隅で、国木田独歩がジョッキを傾けていたり。石川啄木が騒動をながめていたり。
漱石は俳人としても活躍していて、有名な俳人たちが集まる句会にも参加していました。
作品では明治維新の元勲で長州閥が占めていた陸軍のトップ、山縣有朋が主宰の句会に参加。
当時の首相だった桂太郎が山縣の上手くない句を激ボメして太鼓持ちぶりを発揮したり。
一方で「野菊の墓」の伊藤左千夫が頑固ぶりを見せて、森鴎外がとりもったり。クセの強い明治人たちの描写が面白いんです。
そんな様子を見ている漱石が「坊っちゃん」の登場キャラを模索している。
坊っちゃんは愛媛・松山の学校に赴任しますが、山縣は「校長」、桂は「野だいこ」とモデルが決まっていく。
原作の関川さんの独創力と谷口さんの絵がめっちゃマッチしていて、まるで明治の句会にいるような感じ。
登場人物や街の雰囲気など、明治という時代をリアルに感じるんです。
★ライバルとの交流
「舞姫」「山椒大夫」などの名作を残した森鴎外。明治の文豪の象徴として漱石と並び称されています。
それだけに2人は強いライバル意識があったように思います。
実際には、2人は交流があり著書を贈りあったりするなど、互いにリスペクトしていた関係にあったとされています。
作品でも、前述した句会のほかにも道で会ったりするなど交流するシーンが描かれています。
漱石の弟子・森田草平の下宿に恋人の平塚らいてう(雷鳥)が訪問。2人で出かけていく。下宿のそばで見守っていた漱石は、下宿を訪れた鴎外に会う。森田の下宿は、実は樋口一葉の旧宅だった。鴎外は一葉の作品を評価していたが、一葉は24歳の若さで病没。鴎外は一葉をしのび、旧宅を訪れたりしていた。
また史実では、森田とらいてうは恋人同士だったとされ、森田はふられて漱石がフォローしたそうです。
作品での森田が捨てられるシーンは、関川さんのオリジナルで描かれています。
明治は文明開花の時代だったけど、民衆は貧しく慎ましく暮らしていた。
そして作家たちが、どんな生活をして、どんな思いで作品を書いていたのか。
明治という時代、世界を擬似体験できる。まさに「坊っちゃんの時代」を楽しめる作品なんです。
3.「歩くひと」〜散歩もの〜
★ウォーキングがもっと好きになる
谷口さんの作品では、主人公が街を歩いたり、近所を散歩するシーンが多く描かれています。
「歩くひと」は街歩き、散歩に特化。歩くことや通り過ぎる風景を楽しむことがテーマ。
ウォーキングが好きな人は、読めばもっと好きになる。そんな作品です。
「モーニング パーティ増刊」で1990年30号から1991年47号まで連載されました。
1話は8ページほどのショートストーリーで、全17話。
そして全17話と短編などが収録されたB5版サイズの完全版単行本が発売中です。
またNHKで実写ドラマ化され、2020年4月から2021年3月まで全12話がオンエア。
井浦新さん、田畑智子さんの熱演で人気となりました。
★登場人物とあらすじ
ストーリーの舞台は、豊かな自然が残る某県の郊外。山あり、川あり。たくさんの野鳥が暮らす林もある。
主人公は黒ぶちメガネの中年男性。オールバックで少しプックリした、優しそうな男性。
そして、男性の奥さん(かわいらしい人)。
夫妻の名前は明かされていません。でも、名前を明かす必要なんてない。短めな会話の中に夫婦の円満ぶりが分かる。
ストーリーでは基本的に会話は少なめ。街歩きで出会う人との会話も必要最小限って感じ。
郊外に引っ越してきた夫婦。夫は荷ほどきしている妻に「ちょっと歩いてくるよ」と告げて1人、散歩に出る。川では魚が飛びはね、道や建物の隅には猫がのんびりたたずんでいる。林の中では中年男性がバードウォッチング中。夫は望遠鏡を借りてたくさんの野鳥がいることに驚く。帰宅すると庭に1匹の白い犬。前の住人が置いていったらしい。夫婦は「飼ってやるしかないか」と笑う。
立ち止まって周りを見れば気づかなかったものが見えてくる |
★見過ごしがちなものが見えてくる
自分が暮らしている街って、一見するといつも変わらない感じがします。
通勤・通学や家事など、いろいろ忙しいからじっくり見ている暇なんかないですよね。
でも休日にちょっと立ち止まったら「あれ、この角にあんなものがあったっけ?」なんて、変化を感じることがある。
その変化が斬新だったり、気持ちがよかったり。新鮮に感じることがあります。
作品では、主人公のメガネの夫は街に引っ越してきたばかり。それだけに、あらゆることが新鮮に感じる。
「ちょっと歩いてくるよ」と玄関のトビラを開けて、空気を吸い込むと「うまい」。
林の中にはシジュウカラ、ムクドリ、ツグミ。名前は知っていても見たことがない野鳥がたくさんいる。
街中を歩いていても、セキレイがすぐ横を飛んでいく。
立ち止まってみなくちゃ、気付けないこと。そして歩くことで、それに気づく驚きと喜び。
「歩くひと」は、ささいなことだけど新鮮な喜びを教えてくれるんです。
★新鮮な驚きで童心に戻る
メガネの夫は新しく家族になった白犬を相棒に、街のあちこちを散策します。
時間を気にせず、ゆっくり、ゆったり歩く。
高台からは自分が住んでいる街並みが広々と見える。河原では大小の野鳥がたくさん羽を広げて空を舞っている。
そんなシーンを、谷口さんのペンが精細に美しく描いている。しかも大きいB5版の完全版なら、なお美しい!
だから作品を読んだら散策に出かけたくなっちゃう。
ホント、ステキな作品なんです。そして、メガネの夫も茶目っ気がタップリ。
散歩中の老人と歩くスピードを競い合ったり。わざと狭い路地を抜けるのを楽しんだり。
深夜のプールにこっそり入ったり(住居不法侵入罪になるので、やっちゃだめですよ)。
読むと美しい風景が楽しめて、童心にかえることもできる。
ウォーキングが好きなひとなら、もっと散歩が好きになる「歩くひと」を、ぜひお読みください。
4.「遥かな町へ」〜SFタイムスリップもの〜
★バンド・デシネの欧州で高評価
谷口さんはSF作品も数多く発表されています。谷口さんの精緻な絵は、このジャンルでもハマってるんです。
「遙かな町へ」は「ビッグコミック」で1998年9月から1999年2月まで連載されました。
全16話を収めた単行本、全1巻が発売中です。
1999年に第3回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。作品は翻訳されて海外にも拡散。高い評価を受けています。
2003年にはバンド・デシネのイベント、第30回アングレーム国際漫画祭(フランス)の最優秀脚本賞&優秀書店賞。
ルッカコミックス&ゲームズ(イタリア)でベスト・ロングストーリー賞。
2008年には第13回ドイツ国際漫画祭の最優秀作漫画作品賞と年間ベストコミック賞を獲得しています。
2010年にはベルギー・フランス・ドイツ・ルクセンブルク合作で実写映画化。
サム・ガルバルスキ監督のメガホンで大人気となりました。
★登場人物とあらすじ
主人公は中原博史(なかはら・ひろし)。妻と2人の娘と東京に暮らす48歳。
東京で営むデザイン設計事務所で忙しい日々をすごし、家庭はちょっとおろそか気味。
仕事を終えた中原は京都駅の構内で「頭が重いな…」と異変を感じる。そして意識が飛んでしまう。気がつけば列車の中。知らぬ間に急行列車に乗っていた。車内販売の女性に鳥取の倉吉行きだと教えられる。倉吉は中原の故郷だが、不思議と途中下車して帰京しようとは思わなかった。倉吉駅で降りた中原は、バスに乗って故郷の町へ。22年前に亡くなった母の23回忌だと思い出し、墓参りへ。だが母の墓前でめまいが起きて…。気がつくと、中原は14歳の姿に戻っていた。
ただ、自分の意識は現在の48歳のままで肉体は14歳。いわゆる意識だけが過去に戻るタイムリープといわれるヤツ。
中原はとりあえず14歳のころの生活を追体験します。意識は48歳。日常&学校生活で直面する難事にオトナの知見で対処。
事態はスムーズに解決し、好きだった同級生の女の子ともいい感じに。
そして中原にとって人生で最大の難事の原因追及と解決に動くんです。
倉吉の白壁の土塀が続く街並み |
★一家の大黒柱が失踪して…
中原の人生で最大の難事は自分が14歳の時、父・与志雄が失踪したことでした。
父の失踪は中原家にとって最悪の事態。洋服店を営んでいた大黒柱を失い、母・和江は1人、中原と妹・京子を育てました。
愛する母は中原が結婚した翌年、48歳で急逝。仕事と家事での過労が原因でした。
苦労して育ててくれる母の背中を改めて見た14歳の中原は悩みます。なぜ父は家族を捨てて去ったのか? 何が起こったのか?
自分の人生の中で、ずっと引っかかっていた疑問。ずっと答えが見出せなかった難題。
祖母にいろんな質問をした末に、父の失踪を止めよう。歴史を変えようと決意するんです。
そして、結末は…。この続きは作品を読んでいただきたい! 中高年のワタシが読んで、めっちゃ共感しちゃいました。
★父親と近い年齢になって…
子供のころは分からなかったけど、両親の年齢になったりすると、親の気持ちがしみじみと分かってくるんです。
大切な家族への思い。妻と子供たちへの愛情の一方で「自分の人生って、これで良かったのか?」という疑問。
だから中原は、勝手に家族を捨てた父が許せなかったけど、近い年齢になって父が失踪を決めた気持ちも理解できちゃう。
自分も父と同じ気持ちになったことがあるよなあ、と。
この心境って洋の東西を問わず、人として共通の心理。偽らざるホンネだと思うんです。
だからこそ、中原が抱く両親への思いとマッチした、谷口さんが描く美しい倉吉が心象風景として心に刺さる。
この心象風景がヨーロッパをはじめとした海外の人たちの心を揺らしたんだと思います。
5.「センセイの鞄」〜恋愛もの〜
★恋愛小説を谷口タッチでコミカライズ
原作は1996年の「蛇を踏む」で芥川賞を受賞した作家・川上弘美さん。
「太陽」に1999年7月号から2000年12月号まで連載され、第37回谷崎潤一郎賞(2001年度)を受賞。
15万部のベストセラーとなったヒット作を、谷口さんがコミカライズ。
「漫画アクション」で2008年から2010年まで連載。コミックスは全2巻が発売中です。
テレビドラマ化もされて、2003年2月にWOWOWでオンエア。小泉今日子さん、柄本明さんの熱演で大人気。
第40回ギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞などを受賞しています。
主人公の女性と、高校時代の恩師が居酒屋さんで再会。ゆっくり、そして静かに愛を育んでいく姿がステキな物語です。
★登場人物とあらすじ
主人公は大町月子(おおまち・つきこ)。37歳のOLさん。黒髪のロングヘアーが似合う美しい女性です。
お酒も強い。仕事帰りには行きつけの居酒屋さんで一杯楽しんでいます。
そして、松本春綱(まつもと・はるつな)。70代の男性で元高校の古典教師。月子の高校時代の恩師。
ある夜、月子は居酒屋のカウンターにいた。塩らっきょう、まぐろ納豆、蓮根のきんぴら。仕事帰りの一杯を楽しんでいる。すると横にいる高年の男性が同じものを注文。突然「大町ツキコさんですね」と告げる。月子は男性が高校時代の先生だと気づくが、名前が出てこない。それをごまかすために「センセイ」と呼んだ。以後も居酒屋で出会い、2人で酒を酌み交わし、何件もはしごしたり。名前を思い出した後も、月子は「先生」や「せんせい」でもなく「センセイ」と呼び続けている、
でも、それ以上に月子が感じたのは「人との間のとりかた」も似ていること。
以後も居酒屋での晩酌などを通じて、ゆっくりと静かに2人の間を深めていくんです。
★静かな交流はやがて恋愛感情へ
月子とセンセイ。待ち合わせというより、ガラリと店のトビラを開けると、どちらかがカウンターに座ってる感じ。
頼むサカナも似ているからシェアしたり。最初のころはお酌してたけど、そのうち手酌で酔いを楽しむようになったり。
お勘定もおごりあったり、ワリカンしたり。「人との間のとりかた」が同じだから自然にそうなる。なんか、いい感じ。
ケンカもします。店で流れているプロ野球中継で巨人がリードしているとセンセイが大喜び。
「原の采配は見事に決まりましたね」「それはそれは、誠にようございましたことでございますね」
春の夜の花見では、月子が高校生の時に苦手だった美人の先生がセンセイと親しげに飲んでいるのを見てシットしたり。
自分と同類と感じていたセンセイへの好意が、ゆっくり静かに恋愛感情へ変わっていくんです。
★精緻な絵が清潔感のある恋愛感情を表現
恋人に弁当を作ってあげたり、料理を作ったりするのは趣味にあわなかった。そういうことをすると、ぬきさしならぬようになってしまうのではないか、と恐れた。
でもセンセイの「人との間のとりかた」は心地いい。
昔の汽車土瓶や使い終わった乾電池が捨てられないセンセイの子供っぽさも、好感を抱いてしまう。
前述の花見の時に再会した高校時代の男友だちとお酒を飲みにいっても、ずっとセンセイのことを思っていたり。
そんな月子のセンセイへの思いに、谷口さんの精緻な絵が合うんです。清潔感があって、しっとりした感じがすごくいい。
月子とセンセイの関係は、どんな結末を迎えるのか。続きはぜひ作品でご覧ください。
まとめ・谷口さんの絵はどんなジャンルでもマッチする
美しい風景の描写に癒されます |
ここまで谷口さんの美しい絵柄が楽しめるオススメ作品について、紹介&解説してきました。
- 「犬を飼う そして…猫を飼う」〜動物もの〜
- 「『坊ちゃん』の時代」(原作・関川夏央さん)〜歴史もの〜
- 「歩くひと」〜散歩もの〜
- 「遥かな町へ」〜SFタイムスリップもの〜
- 「センセイの鞄」(原作・川上弘美さん)〜恋愛もの〜
上記の5作品は、いずれも谷口さんの多岐にわたるジャンルを代表する、魅力や面白さが詰まった傑作ばかり。だから、
「『孤独のグルメ』でハマりました。ほかに面白いオススメ作品はありますか?」
「谷口さんの絵がきれいな作品を読んでみたいけど、いろいろジャンルがあって迷ってます」
「『神々の山嶺』で谷口さんのファンになって、ほかの作品を読みたいけど何を読めばいいのか分かりません」
そんな風に悩んでいる人にはピッタリの作品です。
また谷口さんにはハードボイルドものの「事件屋稼業」や格闘技のものの「餓狼伝」など、たくさんの作品があります。
この記事で紹介した作品をきっかけに、美しく精緻な絵と魅力的なストーリーの谷口ワールドを楽しんでいただければ幸いです。
当ブログでは、谷口さんの代表作「孤独のグルメ」などの魅力についても紹介しています。ぜひ、ご覧ください。
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この記事で紹介した作品をすぐに読みたいという人は、スマホなどにダウンロードすれば即読みできる電子書籍版がオススメ。
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